Tomoaki INABA
加賀百万石の城下町金沢には、金沢城が昔のままの姿を残しています。キリシタン大名高山右近から築城指導を受けて作られた美しい城は、今も金沢の人々を守り続けているかのように佇みます。北陸新幹線開通で近くなった金沢城に出かけませんか?1、金沢城公園とは?
建築された当時には重臣の屋敷が城内にあとた為に手狭な城だったようです。慶長7年に天守閣が落雷で焼失した後には、本丸に三階櫓、二の丸には御殿が立てられています。寛永8年に火災で城の構造を変え、武家屋敷を城外に内堀を作り土を掻きあげ曲輪を区画していきます。実用性を重んじる事から、その後の再建では整備のみとなり天明8年に石川門が再建されました。兼六園と共に金沢の観光名所として、多くの観光客を迎えているのです。慶長7年といいますと、西暦に直すと1603年に当たります。そのため最初に金沢城が建てられたのは1603年以前ということになりますね。今から400年以上前に建てられたものが、落雷や火災など災害によって失われてしまい、今ではお城自体はすべて残っておらず、一部の再建した物だけが残っている状態です。しかしそれでも歴史をしっかりと感じさせてくれる雰囲気を持っています。
2、金沢城の特徴
外側の門は高麗門に土壁。瓦を交互に敷き詰めたら壁はなまこ壁と呼びます。金沢にはこのなまこ壁が多く、火事が多かった当時は防災と銃弾防止がメインとなったようです。漆喰が丸く盛り上がっていることから、断面がなまこみたいに見えます。高麗門の左、二重櫓は出しがあり石落としの為ですが、唐風が雅で歌舞伎者の前田利家公らしい作り。正門と左の石垣が違うのも特徴的で面白い。とにかく広く木造修復の巨大な金沢城は兼六園を含めて要塞のごとくに広がっています。見るたびに八件があり、加賀百万石を築き上げた前田家の苦労と戦国大名としての誇り、そして民を大切にした加賀藩の熱い思いを感じる事が出来ると思います。金沢城の多くが災害や戦いによって失われてしまいましたが、残っている建物や再建した物からも金沢城の特徴がしっかりと伝わってきますよね!特にこの金沢城に使われていたという「なまこ壁」は400年以上前に造られていたにもかかわらず、銃弾防止だけでなく防災の要素もあったと言います。昔の人たちは知恵を振り絞って造られたのでしょう。
3、金沢城公園の見どころ・お勧めポイント
1、河北門
三ノ丸正面にあり実質的な正門で、高麗門、櫓門、枡形土塀とニラミ櫓台による防御機能を持った門です。金沢城の大半が焼失した宝歴の大火以降に再建されたもので、史実を踏まえて石垣積み、漆喰仕上げの白壁等石川の匠が約2年半を掛けて完成させています。
こちらは災害によって1度消失してしまったものを造りなおした門となります。しかし当時の造り方を資料から読み取り、忠実に再現しているというので、実際に当時の物がそのまま残っているように見学することができますよ!また石垣積みや漆喰仕上げなど、2年半という長い歳月で完成させたということを考えてみると、相当な労力がかかったと思われます。
2、石川門
重要文化財でもある石川門は、金沢城の東に位置して石川郡の方向を向いていた事からそう名前がつけられたそうです。加賀百万石の堂々たる風格を漂わせる構えは、夜のライトアップだけでなく桜の季節も美しく見せてくれます。搦手門(からめてもん)と呼ばれる裏門でもあり、2層の菱櫓と複数の門が組み合わされた枡形(ますがた)構造であるのは、敵が進入してきたときに勢いを鈍らせる目的だからだそうです!!
こちらの石川門も敵の侵入を防ぐための役割もあったと言います。この事実を聞くと、「やはり戦国時代を生き抜くための知識が、お城の至る所に張り巡らされていたのだな」ということが改めてわかりますよね。今では春のシーズンに訪れると桜が咲き誇り美しい景色を見ることができるということでも評判ですので、ぜひ訪れてみてくださいね!
3、菱櫓
矢の倉とも呼ばれる櫓ですが、金沢城の菱櫓は見張り屋として使われていたようです。建物が菱形の形をしていて四隅の内角が80度、100度になっているのが特徴です。部屋の通し柱と凡そ柱も菱形になっていて、建築としても技術の高い作品と言えます。
こちらの櫓は敵が襲ってこないかどうか見張るために使われていた建物です。今の時代ではあまり考えられない事ですが、当時はとても大切な役目を果たしていたことでしょう。またこの金沢城の櫓は菱形の形をしているというところも特徴的です。当時の建築技術としては難易度の高い技術だったと言われているので、貴重な物ですね。
4、五十間長屋
菱櫓橋詰門続櫓を結んでいる多門櫓で、武器を保管する倉庫と城壁としての役目を担っています。内部は有料ですが見学する事ができ、木造軸組工法を使った横木を組み合わせた耐久性のある壁は耐震性にも優れた日本古来の建築です。
当時は武器が保管されていたという重要な長屋です。今でも料金を払うことで見学ができるというので、せっかく金沢城に訪れたのであれば、ぜひこの長屋も見て行きましょう。耐震性も考えて造られたというこちらの建物からは、当時も地震という災害が起きていたのかという疑問や、現代につながるヒントがありそうです。
5、橋詰門続櫓
金沢城には天守閣が無いために、二の丸に臣下を集めて政治的な活動を続けていたそうです。二の丸の正門になる橋爪門が見下ろせる場所にあり、三の丸から橋爪橋を渡り橋爪門から二の丸に入る人を監視する為の櫓でもあったようです。非常に慎重であった前田家ならではの作りと言えます。
多くのお城には天守閣があるという印象が強いですが、実は金沢城があったころ、金沢城には天守閣がなかったのですね。驚きです。この櫓が造られたことで、この金沢城の当主であった前田家が、戦に備えてしっかりと考えていたということがよくわかりますね。このように城内の建物を見ることでも人物の性格がわかるという点に改めて感心してしまいます。
6、石垣巡り
御殿や兼六園にも芸術的な石垣が多く見られます。金沢城は度々火災にあったこから、火災や地震に対する耐久性のある修築がされたことも理由なようです。亀甲石や陰陽石が見られることから、陰陽五行思想の影響を受けていたこともうかがえるもの。石の色が独特で、これが金沢城を美しく見せている1つでもあるのです。
先ほども地震が起きていたのかなどの疑問がありましたが、やはり火災も起きていたということで、災害に対してはしっかりと対策を考えていたのですね。慎重な性格だったという前田家は特にその点でも慎重だったのかもしれません。また災害対策だけではなく、見た目も美しいと言われていますので、芸術的センスも高かったのかもしれません。
4、金沢城公園を訪れた人の声
きょうから一般公開された金沢城橋爪門二の門。新し過ぎて映画のセットのよう(^_^;) pic.twitter.com/a9GQohuGWu
— manabu (@manabu16) 2015, 3月 7
【金沢城玉泉院丸庭園 明日OPEN!】『石川県体育館』だった場所を発掘調査し、蘇った格式高い庭園ですわ! 加賀藩二代藩主の正室で信長の娘でもある『永姫』が『玉泉院』と呼ばれ、ここに住んでおりましたの(*˘◡˘*) #たまひめちゃん pic.twitter.com/c7siA9vjnt
— たまひめちゃん (@tamahime_kaga) 2015, 3月 6
北陸雪なかったけど、兼六園と金沢城はおもろかった!! pic.twitter.com/oBDNOZxS5q
— じゅん (@OdaniJun0611) 2015, 3月 3
5、金沢城公園の詳細
基本情報
- ・名称:金沢城公園
- ・住所:石川県金沢市丸の内1番1号
- ・アクセス:金沢駅―――兼六園下下車――― 金沢城公園(石川門口)
- ・兼六園(桂坂口)金沢駅―――広坂下車――― 金沢城公園(いもり坂口)
- ・兼六園(真弓坂口)金沢駅―――出羽町下車―――兼六園(小立野口)
- JR金沢駅駅から車で10分
- ・開園時間:3月1日〜10月15日 7:00〜18:00 、10月16日〜2月末日 8:00〜17:00
- ・定休日:特に無し
- ・電話番号:076-234-3800
- ・料金:無料
- 菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓
- 大人(18歳以上)310円・小人(6歳〜18歳未満)100円
- ・オススメの時期:桜の時期と冬景色は最高
- ・公式サイトURL:http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/