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京都を代表する観光スポットである金閣寺。 その始まりは室町幕府三代将軍の足利義満が、この地に来た山荘北山殿として作ったことにあると言われます。 そんな金閣寺の見どころを、みなさんはどこまでご存知ですか?金閣寺にはメジャーな見どころも、こっそり隠れている見どころも満載なんです!この記事で紹介するポイントを押さえれば、黄金に輝く京都の名所・金閣寺を最大限に楽しめますよ!
それでは、古都の栄華を満喫するためのおすすめポイントをご紹介します!
1.金閣寺とは?
出典:http://www16.plala.or.jp/n-r-e-s/正式名称は『鹿苑寺』で室町幕府三代将軍足利義満の別荘として建てられたもの。金色の舎利殿は釈迦の骨を奉るためのもで信仰の深さが伺いとれます。三階建てのこの舎利殿は建築様式が全て異なり、室町初期の北山文化を代表するものとして日本だけでなく世界的にも評価が高い建造物なのです。
舎利殿の金色から「金閣寺」と名付けられました。 建物はシンプルな作りでありながら、その存在感には圧倒されます。極楽浄土をあらわしたとされ、様々な歴史要人もこの場所を訪れました。
金閣寺は3層構造で誰が見ても豪華な造り!2層目、3層目には漆に金箔が押されています。1層(初層)は寝殿造り、2層は武家造り、3層は禅宗仏殿造りと各層ごとに別々の建築様式を用いた異色の造りになっています。
相国寺
出典:http://drive.nissan.co.jp/SPOT/detail.php?spot_id=33671京都御苑の北側にある「相国寺」。金閣寺はその塔頭寺院の一つということは、意外と知られていない事実です。ちなみにもう一つの塔頭寺院は、かの有名な銀閣寺です。法堂は豊臣秀頼の寄進によって再建さたそうで、豊臣家とも深く関わりがあるのです。
この相国寺は千利休とも関係が深く、茶道関連のものが非常にたくさん残されています。境内には『相国寺承天閣美術館』があり金閣寺や銀閣寺の寺宝を拝観できるようになっています。伊藤若沖の作品が特に多いのですが、国宝や重要文化財を一同に見ることが出来るのも魅力的でしょう。
金閣寺と銀閣寺、2つとも京都を代表する建築物ですが、その関係については後ほどご紹介したいと思います。
正式名称は「萬年山相國承天禅寺(万年山相国承天禅寺、まんねんざん しょうこくじょうてんぜんじ)」。足利将軍家や伏見宮家、桂宮家ゆかりの禅宗です。仏教絵画の製作や仏教の彩色などに従事した画僧・周文や雪舟はこの相国寺出身でもあります。
2.金閣寺の歴史
応永4年(1397)、室町幕府の三代将軍・足利義満が西園寺公経の山荘を譲り受け、北山殿を造営したのが金閣寺の起源と言われています。義光の死後、夢窓疎石を開山として臨済宗の寺院に改められました。金閣寺の正式名称・北山鹿苑寺は、義光の法号・鹿苑院殿から二文字とって付けられた名前です。金閣寺が建築された時代には、仏教が非常に盛んで庭園にも極楽浄土を模したものが多く残されています。舎利殿が金色であるのも、この世ではない極楽をイメージした建築仕様で、後小松天皇もよく金閣寺に足を運んだと伝わります。相国寺の塔頭、臨済宗相国寺派の寺院として、義満の死後には寺になりました。
室町時代に発生した応仁の乱では西軍の陣となり、建築物の多くが消失しました。その後江戸時代に主要な建物が再建され、舎利殿である金閣寺も慶安2年(1649年)に大修理が行われています。明治37年(1904年)から明治39年(1906年)には解体修理、昭和61年(1986年)から翌62年には「昭和大修復」など、何度も修復を繰り返しています。
放火事件
昭和25年、学僧によって放火され全焼。足利義満の木像など多くの重要文化財が焼失しました。現在の建物は5年後の昭和30年に再建されたもの。昭和62年には金箔の張替えや天井画の補修など昭和の大修理を経て、往時の輝きを今に取り戻しました。ところで、この放火事件と関連してご紹介したいのが戦後の日本文学界を代表する小説家・三島由紀夫の小説「金閣寺」です。金閣寺の美に憑りつかれた学僧が、寺を放火するまでの経緯を一人称告白体の形で綴った物語で、近代日本文学を代表する傑作のひとつとして、高く評価されている作品です。
また水上勉は『金閣炎上』を発表するなど、美しさに対する憧れと憎しみ、仏教と寺の矛盾を壮大なスケールで書き上げています。犯人である林承賢の口からは、真実を聞き出す事が無いままに生まれ変わった金閣寺は今も美しい姿を私達に見せてくれます。
放火によって焼失した建造物の再建費用は政府や京都府からの補助金、経済界や全国各地からの寄付金など合わせて約3000万円(当時)が集められたそうです。修復に至るには明治時代に施された大修復の際に作成されていた詳細な図面により、極めて忠実な再現が可能となったのです。
世界遺産
平成6年(1994)12月にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」の構成資産のひとつとして登録されました。金閣寺は国宝登録はされていませんが、京都の文化財の1つとして鹿苑寺自体が遺産として認められています。立派な寺院ですが金閣があまりにも有名な為に寺としての参拝客は少ないのでは・・・
実は義満が将軍として生きていた頃は、ここは北山殿でした。義満の死後に北山殿は解体されて、鹿苑寺である今の金閣寺が建てられたのです。室町時代に思いを馳せて金閣寺をじっくり見れば、世界遺産に相応しい価値があることが分かって頂けると思います。
なぜ、世界遺産登録はされているのに国宝指定されていないのか。疑問に思った方もいるのでは?それは現在の金閣寺が昭和30年(1955年)に再建されたものだからです。在来工法で重要文化財の認定を受けるには最低でも200年の経過が必要です。鎌倉時代建立の金閣寺は全焼してしまったからなんです。焼失前の金閣寺は国宝に指定されていました。
3.金閣寺の5つの見どころ
京都観光となるとやっぱり外せないのが金閣寺。ベタだと分かっていても訪れたいんです!金閣寺は正面の総門を通る前から注目ですよ。お寺の周囲を囲む塀に注目。これには白い5本線が入っています。これはもっとも高い寺格を示す線!やはり金閣寺は凄かった……。その他定番と言われる金閣寺の見どころをあえてご紹介☆1.舎利殿
出典:http://k-kabegami.sakura.ne.jp/kinkakuji/8.html金閣寺のシンボル的存在といえば、舎利殿。 1950年の失火で全焼し、現在の姿は1955年に再建されたもの。 純金の緊迫のきらめきは、圧倒的な美しさを誇ります。
歴史の教科書にも、舎利殿が掲載されるのでこれが金閣寺だと思っている人が多いようです。金閣寺は一度全焼し、新たに建立されましたが金閣の二層・三層は金箔が一面に張り巡らされています。一層が寝殿造り、二層は武家造り、三層が禅宗仏殿など見応えがあるので、外観だけでなく内部もじっくりと見ていただきたいです。
この舎利殿を含めた寺院全体がいわゆる金閣寺。遠くからでもきらびやかな様子が伺えます。舎利殿自体は「金閣」と呼ばれるんです。この金色に光る金箔、通常は厚さ0.1ミクロン、現在の金閣寺にはその約5倍の厚さの0.45~0.55ミクロンのものを使用しているそうですよ!重さにして約20kg!!凄いですね☆
2.夕佳亭(せっかてい)
出典:http://blog.goo.ne.jp/john06/e/d4b9ed2f216def230ef79688e60bc99c江戸時代の住職が、後水尾上皇の迎えるために造らせたとされる茶室。内部の作りは、現代の茶室の基本的なものとなっています。
南天の床柱でも有名ですが、日本では最大級の柱で、本来は南天は床柱にはならないものですが、中柱として利用されています。
この南天柱は、柴又帝釈天の大客殿・日光の旧御用邸にもあるそうです。非常に珍しいもので、明治に再建され更に平成9年に解体修理が行われているので比較的新しい茶室とも言えます。
「夕佳亭」は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての茶人・金森宗和が製作に携わった代表的な数奇造り茶室のひとつ。夕方になると金閣が美しく見える、という意味からこの名がつきました。内部は比較的広く、多角形の形状で思ったよりも複雑な形状なんですよ。
3.鏡湖池(きょうこち)
出典:http://blogs.yahoo.co.jp/kcc_love_kyoto/9836398.html池に写る金閣寺の姿は「逆さ金閣」と呼ばれ、その美しさは格別。池の中には様々な石が配置され、その風景をより一層情緒あるものにしています。
池泉回遊式の庭園にある鏡湖池は、金閣を映し出し、見る人を楽しませます。池の回りにある大小の岩や石は全国から集められたもので極楽浄土を表現したもの。義満に取り入ろうと諸大名が奉納したそうで、中には大名の名が刻まれたものもあります。
「鏡湖池」を中心とした池泉回遊式庭園は特別史跡・特別名勝に指定されています。まるで鏡のように金閣を映し出すことからこの名がついています。浄土世界にある七宝の池を模して造られたと言われています。七宝の池は七種類の宝石でできて金の砂が敷かれていると言われ、池の水は八つの功徳を持っていると考えられていました。義光もそんな想いを込めたのかもしれませんね。
4.陸舟の松
出典:http://blog.goo.ne.jp/john06/e/d4b9ed2f216def230ef79688e60bc99c樹齢は約600年。足利義満の盆栽を移し、本人によって手植えと伝えられています。 帆掛け船のような美しい形から、京都三松の一つとして知られています。
足利義満は非常に風雅を好んだので、この松も自分の権力を船に象って植えたのかも知れません。塔のようにも見える美しい松は、夕日に当たると一層美しくみえます。樹齢600年を超える五葉松で、義満の死後にここに植えられたともいわれています。
「陸舟の松」の舟先は金角のある西の方角に向いています。これはこの船で西方浄土(極楽浄土)を目指そうという発想から来たものだとも言われています。義満の時代には小さな盆栽だった松が現在も衰えることなく存在し続けていると考えただけでも感慨深いものがあります。
5.雪化粧の金閣寺
出典:http://pippi-papa-from2008.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-4e06.html通な人に人気の雪をまとった金閣寺の姿。 華やかでありながらしとやかな雰囲気を感じさせます。 白、黒、金のコントラストが、「わびさび」を感じさせます。
雪の中でもひときわ目がいってしまう金閣は、周辺の景色とはまた異なる趣があるもの。角度によってまた表情が変化して見えるので、写真撮影も色んなショットが楽しめますよ。ここだけが浮世離れしたような不思議な空間です。
冬だけでなく、春は桜、夏は緑、秋は紅葉とさまざまな表情を見せ、1年中ベストシーズンといっても過言ではありません。そんな金閣の美しい姿は、毎日3分毎(5:00~20:00)に撮影されるライブカメラ映像でリアルタイムに観ることができます。
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